ネット炎上は本当に「正義の鉄槌」によるものなのか。そこに眠る人間の本質について考えました

世界中でユーザー数が増え続けているSNS。

特にFacebook、Instagram、Twitterの存在は生活の一部といっても過言ではありません。

それとともに話題となるのが「炎上」です。

投稿に対して批判・非難が集中する「炎上」。

今回はSNSの一部機能を無くすことで、炎上が無くなるのではないかということについて考えたいと思います。




「炎上」とは

不祥事の発覚や失言などとインターネット上に判断されたことをきっかけに、非難が殺到し収拾が付かなくなっている事態または状況を差す。Wikipedeia

テレビでも「インターネット上で批判が集中しています」って表現を耳にします。

それぐらい「インターネットにおける炎上」は認知度の高い現象となりました。

 

インターネット上という表現もかなり抽象的ですよね。

批判している人数は基本的にハッキリしません。デモ行進や抗議活動は何人集まってどれぐらいの時間やっていたなどで伝わる部分があります。

しかしネットの場合だとそれは見えません。5人の人間が繰り返し批判的なコメントを書き込んでいるかもしれない。あるいは1万人を超える人たちが批判しているかもしれない。

確かなのは批判コメントをインターネットに書き込んだ人がいる、という事実だけ。

そしてそれが多くの人の目に触れる形で広まっている状態である、ということです。

「炎上」する仕組みとは

よくある炎上の例としては

有名人Aが投稿した内容に対して、不快感を持った人が否定的なコメントを書き込む。

そのコメントを見た人が「自分もそう思った」とコメントを支持(シェア・リツイートなどの拡散行動)、もしくは似たようなコメントを書き込む。

多くのシェア・リツイートが集まると、ネットニュースを配信しているサイトなどが「批判が集まっている」ことを記事にしさらに拡散されます。

そうなると、有名人Aに興味が無い人でも、「有名人Aがネットで批判の的となっている」という事実は目にしてしまう状態となります。

 

炎上が収束してからも、「前炎上してた人だよね?」と決して良くはないイメージがついてしまします。

「炎上」した後どうなるの?

炎上の仕方にもよりますが、先ほど例に挙げた「投稿内容が批判の的になった場合」

該当の投稿を削除し、その後「不快感を与える投稿をしてすいませんでした」と謝罪文を掲載する流れが一般的です。

しかし、炎上具合によっては仕事をしばらく休んだり、ひどい時は事実上の引退に追い込まれるケースもあります。

つまりひとたび「炎上」すると

「仕事に影響が出て生活に影響が出て、自分だけではなく周りに迷惑をかける」可能性が非常に高いという事です。




投稿主によって変わる炎上リスク

さて、今回の記事のメインですが

メインディッシュ
「そんなSNSだけど、編集・削除の機能がなくなったら炎上しなくなる?」

を考えていきたいと思います。

編集・削除ができなければ炎上しないのではという考えたキッカケ

そもそも炎上って、不愉快と感じた人が批判コメントをつけて「これおかしくね?!」と拡散して共感を得て、さらには投稿主が反応してくれるという一連の流れがあります。

これ、批判してる人間も「承認欲求」満たされてるよね。

さらに炎上する投稿主は往々にして有名人なことが多く、その人が自分の批判コメントに対して反応してアクションを起こしたと思ったら・・・

私の(批判)メッセージ届いちゃったー!ってなりますよね。とんだ勘違いですけど。

と、批判コメント書いたことで自分に火の粉が飛んで来たら、削除してしまえばある程度はリスクを減らすことができますね。

投稿するリスクに個人差がある

かつてはネットに顔写真を載せるなんて、自殺行為と言われていました。

未来永劫消せない記録が、インターネットに残るんだぞと。

消せないのは今も昔も変わらないですが、ネットにおける「一般的」の概念が変わりました。

顔写真を載せたことで何か害が及ぶリスクは、ほとんどないに等しいという考えです。

僕は無いとは思いません。少なからず危険度は上がるでしょう。

ただ、あまりにも顔写真をネットに掲載する人が増えた為、「特別なことをしている」という感覚が無くなったということです。

何も特別なことをしていないのに、リスクがあると言われても・・・という考えに及ぶことは当然のことです。

 

ただしそれは、一般人の間での話です。

注目度の高い芸能人や政治家はやはり昔と同様のリスクがあり、一般人と同様の姿勢ではSNSと向き合うことはできません。

 

※明らかに法律で罰せられるようなことであったり、他人に害を及ぼすことを投稿していたらその限りではありません。

フォロワー0だとしても炎上し警察沙汰になると思います。

そのケースは今回は置いておきます。語りだしたら止まらない気がするので。

批判・非難する側の達成感

さきほども書きましたが、批判する側は「正義の鉄槌」を下している感覚です。

勇者パンチをお見舞いして共感を得て、ヒーローになっている感覚(承認欲求満たされまくり状態)です。

また相手がフォロワー何万といる大きい存在だと、後の展開を想像して興奮しっぱなしになるでしょう。

「私の正義がフォロワー万単位の有名人に謝罪させ、アカウント閉鎖に追い込んでやったわ!」的な。誇張しすぎですかね。

 

芸能人は評判が命。上手に対処しないと完全に仕事を失う職業です。

炎上芸人などのレッテルを貼られて、あえてその路線で生きる残る方法もありますが、それはあくまでもウルトラC対処法。

 

何かをすると批判される人をCMには使えないですよね。

 

そうして1人の人間の社会的地位を奪い去っていくことが最終目標となる炎上は、とにかく徹底的で容赦なくしつこいです。

何の得にもならないのになぜ・・・?と思うかもしれません。

小学校中学校における「いじめ」と根本が同じ、他人を貶めて自己の満足度を得ることはある種「人間の隠れた本能」なのかもしれません。

正々堂々「正義のパンチ」が打てる人間はどれぐらいいるのか

例えばですが。

TwitterでもFacebookでもSNS全般において、「編集・削除ができなくなりました」となったらどうなるでしょう。

ハンドルネームとはいえ、自分の名前を入れた書き込みが消せないとなると投稿は慎重になりますね。

「もし批判が自分の方向に向きそうだったら消せばいいや」という無責任な煽りや中傷も相当減ると思います。

半面、「偽善だ!」「何様だ!」と言った横やりが入る場面が増えるのではないかとも思います。

悪ふざけの写真を投稿している人に対して、「これはよくない」的なコメントをつければ、「お前何様だよ」と相手からも外側からも攻撃される可能性があります。そして下手すると写真の投稿主よりも叩かれてしまう可能性さえあります。

そして消せない。

 

寄ってたかってボコボコにされているのに、逃げることも隠れることもできない、ましてや発言の撤回に耳も傾けてくれない。

 

「正義のパンチ」を放つのに、相当な勇気が必要となる環境になるのかもしれません。

結局は攻撃されたくない、非難の矢面に立ちたくないという理由から、「書き込むのはみんなと同じ意見」といった個が失われたツールになってしまうでしょう。

大絶賛と大炎上は表裏一体

たまに「自分の危険を顧みず、ピンチの人を助けた」といった内容の投稿が絶賛されているのを見ますよね。

コメントの大半は、「かっこいい」「まねできない」といった称賛のコメントですが、一部には「失敗したら自分も相手も危険になる」「こういうの見た子供が真似するから自重してほしい」といった批判的なコメントも。

最終的な投稿への評価は結局コメントによる多数決みたいなところで決まるように思います。

 

もしこれが1つ2つ条件が加わったら突然大炎上ネタになっていたかもしれません。

「その人がピンチになったのは、実は投稿主のせいだった」とかですね。

 

普段の何気ない投稿でも、嘘か誠か解らないようなコメント付きで拡散されて、真偽を確かめずに叩かれて炎上するケースもあります。

スーパーの張り紙の写真が、加工されて拡散されるといったパターンがたまに見られます。

たとえいたずらでも、一度ついてしまった悪いイメージは簡単にはぬぐえません。

 

特売やります!的なお店の投稿写真に「この店、床を拭いた布でカウンターを拭いていた」なんていう嘘のコメントがつき、「たしかにちょっと汚いイメージあったんだよなぁ」なんてコメントが続けざまについてしまったら最悪ですね。

 

さらにネットニュースやまとめサイトで取り上げられたら完全に詰み。2~3個でも批判コメントが来れば「批判殺到!」ですからね。

 

少しずつ「情報源」を見極める癖をつけようという呼びかけを見る機会が増えてきましたが、それでもまだまだ「たくさんリツイートされた情報は正しい」という勘違いは根強く残っています。

 

終わりに

今や日常からは切っても切れないSNS。

そこには自分の人生をどん底に陥れるかもしれない悪魔が潜んでいて、いつなんどき自分に牙をむくかもしれません。

そしてその牙は「正義」の名のもとに扇動し攻撃してきます。

 

自分みたいな弱小アカウントには無関係とは思わないでください。

 

インターネット上では日々トレンドが変わり、いつ自分が流行りのど真ん中に降り立つかわかりません。

フォロワーが10人だろうと、いち早くトレンドの話題に触れたら最先端です。目につきます。

 

的です。的。

矢が飛んできます。

 

SNSというのはそういうツールであり、普段は「皆がやっているから」という隠れ蓑で覆われていても、突如として剥ぎ取られ人目に晒され、どこからともなく制裁が飛んでくることを肝に銘じておくべきです。