自粛ムードは本当に被災者への気遣いになっているのか考えた

2018年6月18日朝、関西で震度6弱を記録する地震が発生しました。

被災された方々には一日も早く日常が戻ることを願います。




今回は災害が発生した時に現れる自粛ムードについて考えました。

自粛ムードとは

過度な言動や娯楽などを控え慎むように、各自が抑制している風潮。暗黙裡に、周囲にも自粛を促し、逸脱することを「不謹慎」と評するような雰囲気が生まれやすい。生活は幾分、厳粛になるが、経済活動の停滞などを招きやすい。

参照

自粛ムードという言葉が広く知れ渡ったのは、昭和末期とされています。

昭和天皇の容体が悪化してからは、あらゆるイベントが中止され、個人的な宴会すらも中止するのが当たり前な状態だったそうです。

現代では大きな災害が発生した後、被災者へ配慮する風潮を指して自粛ムードという言葉が使われます。

なぜ自粛するのか

自粛の対象となるのは娯楽全般に及びます。

  • カラオケに行った。
  • 宴会楽しかった。
  • イベントやるよ。
  • 今日は私の誕生日♪

などなど、お楽しみ要素を含むもの全てが対象となります。

さらに「〇〇楽しかった~」などのSNS報告は炎上の対象にすらなっています。

楽しみ報告をした人は叩かれるのに、楽しむ場所を提供している店や施設は叩かれません。
叩かれているのかもしれませんが、現代の自粛ムードにおける批難の対象には、最初から入っていないように思います。

災害が起こってから数日、日本全国すべての娯楽施設が営業停止、なんてありえないですもんね。

その事実から察するに、楽しむのは良いが、それを目に見える形でアピールすることがNGということでしょうか。

SNSを通じて個人的な発信が簡単にできる昨今では、尚更その辺のマイルールの押し付け合いが炎上の火種になっているように思います。

なぜ自粛するのか

不便な生活を余儀なくされている人がいるのに、飲み会だイベントだは被災者に失礼だ!自重せよ!という風潮が自粛ムード。

苦しみは皆で共有しよう、喜びは心の中で留めたほうが美しいという考えがあると思います。

苦しんでいる人、悲しんでいる人に対して「励ます」より「慰める」方が、端から見た時に日本人っぽいですよね。

そして「元気を出してもらう」よりも「元気になるまで静かに待つ」つまり「自粛する」方が好まれるようになってしまっているのだと思います。

自粛ムードが生む負の連鎖

昭和天皇がお亡くなりになったときの様子がよくわかる記事がこちら

やや誇張された部分も含まれているようですが一部を抜粋しますと

  • テレビCMが放送されない期間があった
  • 忘年会新年会を行う会社がほとんど無かった
  • 祝賀行事は全てキャンセル

何をやっても不謹慎とされ、それに伴う消費の減少により経済活動が著しく停滞したといわれています。

この経済の停滞は、現天皇陛下が生前退位を決めた理由の1つにもなりました。

自粛ムードが広がり、経済が停滞し、日本全体が暗くなってしまう負の連鎖を危惧されたためです。

誰が自粛を望んでいるのか

さて、自粛ムードが広がる中で炎上してしまった系の記事を見ていつも不思議に思うことがあります。

誰が自粛ムードを訴えているの?

私には「自粛」「不謹慎」という言葉のパワーを悪用した、愉快犯が多く潜んでいるのではないかと思います。

悪質なデマや根拠の無い情報を拡散する行為は、緊急事態になると決まって登場します。
日ごろからいるのでしょうけど、災害時には危機感を煽る狡猾な表現で拡散するなど悪質さが増します。

当事者である被災者は自粛ムードをどう思うのかということ

「苦しい人がいるんだから皆は気を使って我慢しよ?」

これって被災者には何が届くのでしょうか。

言葉を選ばずに言えば、余計なお世話なのではないかと思います。

考え方は人それぞれあると思います。

  • 被災地以外の地域は普段通りであることが、いつか日常に戻れるという心の支えになる
  • 皆が揃いも揃って「がんばれ」だと同調してるだけではないか、一時的な熱気であって継続するものではないのではないかと不安になる
  • 自分たちが不便な思いをしているときに、楽しみを謳歌するなんて許せない
  • わざわざこのタイミングで、楽しいアピールをする神経が信じられない

ただし共通しているのは、一日も早く日常に戻ること、復旧することを望んでいることです。

日常とは自粛ムード漂う停滞した世の中ではありません。

楽しい事、うれしい事、頑張ること、悲しい事、苦しい事、いろんな感情が織り交ざって形成されているべきだと思います。

終わりに

今回は自粛ムードについて思う事を書きました。

書いている途中で、「自粛ムードによる被災地への気遣いが続くこと」と「風化」が背中合わせなのではないかと思いました。

被災地を無視して日常を過ごそうということではありません。

苦しい人たちがいるのだから、「自粛」という名のもとに何もするなという風潮がおかしいと感じるという話でした。